【豊川信用金庫事件】高校生の何気ない一言が大騒動に【デマ・風評被害】

皆様こんにちは、Shin_Oh(シンオー)です。
当ブログにお越しいただき、ありがとうございます。

今回取り上げるテーマは、1973(昭和四八)年に発生した「豊川信用金庫事件」。デマが原因となった取り付け騒ぎです。

生徒くん

デマかー。災害の時とか、真偽不明のよく分からない情報が流れたりするよね。

ねこ先生

人々の不安につけ込み、悪意を持って嘘を垂れ流す不逞の輩が後を絶たない…。けしからん話だ。

生徒くん

何が目的でやってるんだろう?自分の得になるわけでもないし、捕まるリスクだってあるのに。

ねこ先生

一種の承認欲求かなぁ…。自分の発信した情報に人々が注目し、それによって踊らされることに快感を覚えてしまうのかもしれない。「バズる」ってやつか。最悪のやり方だが…。

しかし今回取り上げるのは、とある高校生の何の悪意もない一言が、町中を巻き込む大騒動に発展してしまった、そんな事件なのです。


チャプター01:噂の発生と拡大~始まりは何気ない一言から~

現在の豊川信用金庫本店

舞台は愛知県小坂井町(現・豊川市)。1973(昭和四八)年12月8日、登校中の電車内で、3人の女子高生が雑談に興じていました。その内の1人は、地元の金融機関である豊川信用金庫への就職が決まっていました。それに対して、他の2人が「信用金庫は危ないよ」とからかったそうです。

生徒くん

「危ない」って、経営が危ないってこと?

ねこ先生

いや、銀行強盗に襲われる危険があるという意味だったようだ(注)。今では随分と減ったが、当時の日本では金融機関を狙った強盗やテロ事件が度々発生していた。銃で武装した犯人が客や行員を人質に立てこもるような凶悪な事件も発生している。

(注)「地方の信金は都市銀行に比べて経営が危ない」という意味だった説もあります。

しかし彼女はこの発言を「経営が危ない」という意味に受け取ったようです。真に受けてしまった彼女は、その夜親戚に「信用金庫は危ないのか?」と聞きました。

彼女は「信用金庫」とだけ言っていたのですが、豊川信金のことだと思った親戚は早速、信金本店近くに住む別の親戚に電話をかけ、「豊川信金は危ないのか?」と尋ねました。電話を受けた親戚は翌9日、美容院の人に「豊川信金は危ないらしい」と話しました。

生徒くん

あれ?「危ないのか?」か「危ないらしい」に変わったね。豊川信金のことだって決めつけられてるし。

翌10日、美容院の人が親戚にこの話をした際、クリーニング屋の男性が話を聞いており、その奥さんに伝わりました。話を聞いた時点ではまだこの夫妻も半信半疑だったのですが、結果としてこの2人が事件の引き金を引いてしまいます。


チャプター02:パニック発生から収束まで~早く金を下ろせ!~

高校生たちの会話から5日後の12月13日、ついに事件が発生します。

先ほどのクリーニング屋で電話を借りた、噂を全く知らないある人が「(仕事の支払いのため)豊川信金から120万円を下ろしてくれ」と電話先に指示しました。

ところがこれを聞いたクリーニング屋の奥さんは「信金が危ないから預金を下ろそうとしている!」と早合点、慌てて預金180万円を下ろします。

その後、クリーニング屋夫妻は手分けして友人・知人・得意先など20人余りに電話をかけまくり、話を広めました。そして、その中にいたアマチュア無線愛好家が、無線で話を一気に拡散させてしまったのです。

生徒くん

…このクリーニング屋夫妻と無線愛好家が戦犯では?

ねこ先生

無線家はともかく、クリーニング屋夫妻には話を信じてしまう背景があったんだ。これについては後で解説しよう。

この日のうちに窓口には59人がつめかけ、約5000万円が引き出されました。何人かの客を乗せたタクシー運転手によると、客から聞く噂話は昼から夜にかけ、「危ないらしい」「危ない」「潰れる」「明日はもうあそこのシャッターは上がるまい」と、どんどん膨らんでいったそうです。

生徒くん

おい最後盛りすぎだろ。

翌14日、デマが広まっていることを知った信金側が事態を収めるため、「経営上のことに不審な点がある方は2階へ」という張り紙をします。ところがこの中途半端な文言は逆効果となり、倒産整理の説明会だと曲解される結果に。

他にも、手続きの迅速化のために払い戻しを万単位にすると「1万円以下は切り捨てられる」と噂になり、利子計算に時間がかかるからと元金だけ返す対応を行うと「利子が払えないのはやはり経営危機のせいだ」と騒ぎになってしまいました。

生徒くん

やることなすこと裏目に出てる…。

挙句の果てには、雑踏警備のために出動した警察を見て「銀行へ立ち入り捜査が行われている」と言われる始末でした。この頃になると、「職員の使い込みが原因」「5億円を職員が持ち逃げした」「理事長が自殺した」など無根拠の悪質なデマも流れるようになります。

結局、14日には1650件、約4億9000万円が払い戻されました。

14日から15日にかけ、信金側の依頼を受けたマスコミ各社がデマであることを報道。日本銀行による記者会見も行われたほか、預金者を安心させるため、本店の大金庫前に日銀名古屋支店から輸送された現金を山積みにするというパフォーマンスも行われました。

ビラの張り出しや預金者への説得活動も功を奏し、騒動は沈静化に向かっていきました。

一方、新聞記事で初めて騒ぎを知った人が、「預金を下ろしたい」と駆け付けたりもしたそうです。

生徒くん

記事をちゃんと読んでほしいなぁ…。

16日には、警察が早くも噂の伝播ルートを解明。翌17日の各紙朝刊で発表されました。

しかしその後になっても「やはり豊川信金は潰れたのではないか」「たった3人のうわさ話で町中があんなになるはずがない。裏には組織的な陰謀がある。警察も日銀も大蔵省もデマを早くおさえたくてきれいごとで済ませることにしたのだ。だからあの警察発表は政治的なものだ。」といった話が出回るなど、もはや陰謀論の類になったデマはしばらく残りました。


チャプター03:デマが広がった背景~どうしてここまで?~

それにしても、ほんのちょっとした世間話がここまでの大騒動に発展してしまうのは不思議なものです。先ほどの陰謀論ではありませんが、確かに作為的なものすら感じてしまいます。

この事件が発生した背景として、次のような要因が挙げられています。

①時代的下地

事件が発生する2か月前の10月に第4次中東戦争が勃発、これを引き金に日本では第1次オイルショックが発生し、翌11月には「紙がなくなる」というデマに踊らされた消費者によるトイレットペーパー買い占め騒動も起こりました。この後「狂乱物価」と呼ばれる異常な物価高騰が国民の生活を直撃し、戦後日本の高度経済成長は終わりを迎えることになります。

当時の世間には、不景気や物不足への懸念という漠然とした不安感が存在していたのです。

②地域的特性

舞台となった旧小坂井町周辺は、預金比率が全国的にも高い地域であったとされている一方、実質的な金融機関は豊川信用金庫ただ1つという状態でした。

また、事件7年前の1966(昭和四一)年には隣町の豊橋市で中日本産業という金融機関の倒産が発生、いつどの金融機関が潰れてもおかしくないという認識が周辺住民の中には存在していたことでしょう。

そして、この中日本産業倒産によって被害を受けた1人が、今回事件の起爆剤となってしまったクリーニング店主だったのです。

生徒くん

実際に痛い目を見た経験があったからこそ、噂を信じて広めちゃったんだね!

ねこ先生

他の人には自分のように被害にあってほしくないという、全くの善意から、な…。

さらに、クリーニング店主が美容院の人の噂話を聞いた時、そして事件発生の引き金となった「金を下ろしてくれ」という会話を聞いた時、この際に発生した「オーバーヒアリング効果」も、彼が噂を信じ込んでしまった原因とされています。

INFO

オーバーヒアリング効果

一般的に第三者から対面で聞いた話よりも、第三者が話しているのを偶然聞くことの方を信じやすいという効果のこと。

これらの要因が重なった結果、悪意を持たないデマを発端とした取り付け騒ぎという稀に見る出来事が起こってしまったのです。

おわりに

以上が騒動の経過です。

この事件は、今から半世紀以上も前、情報化が今よりも進んでいなかった時代の出来事です。

しかし時代が移り変わり、様々な情報が容易に手に入るようになっても―あるいはそれゆえに、かもしれませんが―、パニックによる物資の買い占めなど、人々の行動は変わっていないように見受けられます。

不安になる情報が流れた時も、衝動的な気持ちを抑えて冷静に行動できるようありたいものです。

ねこ先生

今回の解説は以上だ!

生徒くん

ありがとうございました!

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

参考文献

  • 沼田健哉「流言の社会心理学」『桃山学院大学社会学論集』第22巻第2号、1989年)
  • 有馬守康、齋藤哲哉、小林創、稲葉大「「取り付け騒ぎ」に関する理論的・実験的分析と事例との整合性に関する考察」(日本大学経済学部経済科学研究所紀要第49号、2019年)